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プロフィール

momo-iro

Author:momo-iro
1969年 春(誕生)
2009年 冬(発症)

遊びも家事も子育ても大好きな専業主婦でした

忙しい日々。
でも充実した楽しい毎日でした

しかし、ALSを発症

私はそれを
神様がくれた休養だと考えています

でももう十分に休みました
早く主婦に戻りたいな


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心強い味方

今日支援にきてくれたヘルパーさんに

「朝早くにごめんね~。朝は普通何時に会社に行ってる?」

と聞きました

先週から朝7時15分に入ってもらう様になったからです

すると、笑顔で

「大丈夫よ!普通は7時に会社に着くように行ってるから、遅く行ける様になった位よ~」

と言ってくれました

でも私は、本当かな?嘘かもな?と思っています

このヘルパーさんは、そういう方なのです

私に絶対ストレスを与えません

だから私も「良かった~」と言いながら

心の中で感謝しています

他にも、服を着替える時は「ついでに伸ばしとこ!」と言いながら

私の腕を、可動域限界まで伸ばしてくれます

又、私をなるべく歩かせようとし

足を触る時は、足がむくまない様についでに血流を促してくれます

帰るときは「 何かない?1つでも楽出来る様に何でも言って!」と言ってくれます

この「 何かない?」は私にとって救いの言葉です

ほぼ全介助を要する私は、頼みたいことが山の様にあるけど

必要最低限の事しか頼みません

必要最低限がとても多いので

申し訳なくて、後は自力で何とかします

でも、この言葉を言ってくれたら、後2つ程は頼むかなー 笑

本当は、まだまだ頼みたい事はありますが2個だけでも十分

余計な筋力を使わず楽出来ます (^_^)

頼めない事は、これもリハビリ!と自分に言い聞かせ、しぶしぶ頑張ります


私の性格を理解し、会議の場でも安全を確保した上で

第一に私が希望する生活スタイルを支持してくれる

心強い味方です

信頼できるヘルパーさんに出会た事は

本当に幸せな事だと思います

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松坂さん

私の移動支援(外出)には

ヘルパーの松坂さん(ニックネーム)が毎回同行してくれます

松坂さんは、少し年下ですが同世代なので趣味がよく合います

私は、ただ同行してもらうだけではなく

ヘルパーさんにも、私との外出を楽しんでもらいたいと思っています

でも外出先では声が届かない為

会話が成立しないので、お喋りをすることはほとんどなく

ただ、お店を見て回るだけです

しかし、松坂さんとは好みが似ているので

私が入るお店は、松坂さんも楽しいはずだ!

と勝手に思っています(^o^)

又、松坂さんはすごく器用です

器用だから、私を常に綺麗にしてくれます

服のはおり方、ストールの巻き方

バックの持たせ方、ハンカチの置く位置・・

自分が乱れても、私の事は乱しません

私が外出で何が一番楽しいかと言うと

綺麗にしてもらえる事ですね (^^)

家では、楽で動きやすいスウェットです

もちろんノーメークで、首にはタオルが掛かっています

嫌です。しぶしぶです 涙

松坂さんは、性格もすごくいいのです

控えめだけど明るい

誰とでも気さくに話しています

又、私をよく見てくれていて

私の視線通りに車椅子を押してくれます

食事の時は、私用のはさみとフォークとスプーンをリックから出して

食べやすい様に切ってくれます

食べれる物が限られていて、メニューを選ぶのが大変でしたが

最近、松坂さんの手に掛かると何でも食べれる事に気がつきました

昨日は1年振りにマックに行きました

普段は、一番薄くて綺麗に食べられるチーズバーガーを頼み

潰しながら食べていましたが

今回は、分厚いエビフィレオを頼みました

すると、慣れた手つきで細かく切り始め

パン・エビ・パンをフォークに刺して

ミニミニバーガーを作って食べさせてくれました

しかも、よくしがちな、最初に全部切り刻むんではなく

私のペースに合わせて切ってくれるから

お皿の上もいつも綺麗です

手間暇を惜しまず、常に私の心に寄り添ってくれます

それに、ウェットティシュも用意していて

あらゆる所を拭いて清潔にしてくれます

びっくりしたのは昨日です!

トイレに入ったら、便座はもちろん手すりまで綺麗に除菌してくれます

でも除菌スプレーがない所も多々あり

昨日のトイレもありませんでした

すると、またまたリックから今度は携帯スプレーを取り出し

私の体が当たる全ての場所を綺麗にしてくれました

体が不自由になり、色々な事を我慢しています

しかし、松坂さんに出会い健康な時と同じ位

楽しい余暇が過ごせています

4時間の外出で市内の方にもよく行きますが

全く疲れません

(松坂さんは、きっとくたくたでしょうが (^_^;) )

松坂さんは、痰吸引の資格も取ってくれました

今後の外出も安泰です

末永いおつきあいになるといいな~

訪問診療

私にとって冬は恐怖です

風邪を引いてもなかなか病院に行けず、毎年1ヶ月以上咳が続きます

咳はかなりの体力を奪い、安静にする事で大事な機能を失います

発病当初、1ヶ月車の運転をしなかったせいで、運転ができなくなってしまいました

翌年は階段を上がる足の力が弱くなり

更に翌年は歩行器で歩く力が弱くなってしまいました

又、風邪を引くと痰がからみ呼吸が上手く出来なくなります

これが何より怖いのです

痰切の薬は常に常備しています

しかし、今年は1つ安心な事があります

訪問診療を頼んだ事により、具合が悪くなった時は

すぐに先生が往診してくれるのです

以前は病人扱いされたくなくて訪問診療を勧められても断っていましたが

胃ろう管理の為に5月より頼む事になったのです

結果・・

『 すごくいい! 』

まず病院に行かなくて良い

ベットに寝たままで診察

血液検査も予防接種も自宅で

パソコンで症状等伝えられる

先生が変わらない

薬も届けてもらえる

夫に迷惑をかけない

等々・・難病患者の肉体的・精神的負担をゼロにしてくれる

有難い制度です

去年の冬まで風邪にかなり神経質でした

何故もっと早くに頼まなかったのだろう

『 自宅にお医者さんが出入りするなんて・・

重病人になりたくない! 』

でも、私のプライドはいとも簡単に消滅しました

今年の冬は少しだけ余裕 (^o^)v

今月くもり

今月は全体的にネガティブだった気がする

上手く行かない事も普段より多かった

いい結果も出たけど、ひどく疲れてる

占いをしたら、きっと低迷期?おみくじを引いたら末吉辺り?

病気が進行し、声を出す事がきつくなり

まぁいいか・・で済ませる事がとても増えました

正確に聞き取ってもらえず、時間がかかったり

会話が押し問答になったり

相手が機嫌が悪くなっていったりするのを感じるからです

でも、まぁいいか・・は私を誤解され、損をします

分かっているけど、長く説明するパワーがない

今月は特に私に不利になりそうな事が多々有り

頑張って発言や反論をしてみました

人を説得するのはすごいエネルギーを使います

息を切らしながら発言しても結局は上手く伝わりません

伝わらない悔しさが私をブルーにします

普段は大事なことは文章で伝えますが

ブルーになるとパソコンを打つ気にもなりません

病気になってストレスが減りました

必要以上に負荷がかかる事もなく

まわりにいる人は、私を応援してくれる人ばかりだからです

でも思い出しました

このストレスがかかった感じ!

人の中にいた頃はストレスあったな~

こんな時はやっぱり家族が一番だとつくづく思う

子供への告知

私が初めて身体の異変に気付いたのは

娘が6年生、息子が3年生の冬でした

その頃は、寝る前に息子に本を読んであげていましたが

どうしても最後まで読む事が出来ないのです

息が続かない感じ・・

そして次第に言語がおかしくなっていきました

ALS 宣告を受けた冬、風邪をひいてひどく痰がからみ

苦しい思いをしました

あまりの苦しさに精神的に呼吸が上手く出来なくなり

不安定な呼吸をする私を側で見ていた息子はとても不安がり

その後すぐにストレスが原因による皮膚疾患を起こしてしまいました

1ヵ月ほどで治りましたが

その時思ったのです

まだ息子に本当の事を言うのは無理だ・・と

同時に反抗期に入り、家族に距離を置いていた娘にも

言う事が出来ませんでした

息子が中学生になり、家族から友達へ興味が移った事を感じ

もう話しても大丈夫・・と確信しました

娘からも、私達への思いやりを感じる様になり

告知をする時が来たと思いました

娘高1、息子中1の冬でした

子供達に病名と治療法がない事などメールで伝えると

すぐにネットで病気の事を調べだしました

その時の子供達の心の中は分かりませんが

3年間病気の進行を見てきているし

今後、母親がどうなっていくのか

冷静に受け止められたかな・・と思いました

今でも、成長を待っての告知が良かったのか悪かったのか分かりません

医療系の方々は、子供に病名を伝えていない事をよく思っていませんでした

しかし、ネット社会の中でいろいろな情報を入手したときに

子供達がポジティブに考える事が出来るのか?

闇を抱えてしまわないか心配だったのです


子供に伝えた翌週に、私達家族を後押しする様に

三浦春馬の「 僕のいた時間 」がはじまりました

全く知らず、びっくりしました!!!

ここ数年、ALSの知名度が世界的に上がり

iPS細胞の研究も進んでいます

100年間不明だった原因も解明されました

ALSになりながらも

何て私はツイてるんだ!と思っています

告知後、嬉しかった事は

娘が「 呼吸器をつけないとかありえない 」と言ってくれた事

これは、最高に嬉しい言葉だ!

そして息子が「 絶対出来る 」と言ってwiiリモコンを無理やり持たせ、一緒に振ったりボタンを押したり

マウスを持たせパソコンゲームをさせたり

退屈な私を楽しまさせてくれる事

告知をした後も前も家族の対応は何も変わりません

ただ、私が失敗した時に

そういう病気よ~と気軽に言える様になったのが良かったかな(^_^)

力をつける

よく、片親の家庭で

片親だから・・と言われない様に!

という言葉を耳にしますが

いつも、何故そんな事を思うのだろう?

子供になにかあっても、それは片親が理由じゃなく個人の問題なのにと思っていました

しかし、病気になって色々な問題にぶつかっています

母親が機能しないせいで、子供は早く自立しなければいけません

私も自立させようと必死でした

車の運転が出来なくなり、5年生の息子は1人で電車に乗って英語塾や眼科に行く羽目になりました

中学になった途端、熱が出たら自分でタクシーを呼び病院に行かなくてはいけません

挙句の果てには、「 帰りにコンビニで食べれる物を買って来てね 」
と言われる始末・・

本当に申し訳ない (^_^;)

又自分で料理している頃は

アレルギーがひどかった子供達の為に

化学調味料はほぼ使わず、添加物が最も少ない食品にこだわり

冷食、レトルト、惣菜等ほとんど食卓に出しませんでした

しかし今は、コンビニ利用は当たり前

栄養を考えてお惣菜

量を増やすために冷食

週に1回はインスタントラーメンが当たり前です

見た目に無頓着な息子は

靴が破れていても

傘が壊れていても

靴下の穴も気にせず買ってとは言いません

部活で登下校体操服なので制服がぱつぱつなのにも気がつきませんでした

病気だから行き届かない事が本当にたくさんあり

事情を抱えた家庭の親御さんの思いが

今はすごく分かります



今日、息子は今までの人生で一番ではないかと思うような失敗をしてしまいました

本当は出来なかった事や失敗した事等、フォローしてあげられるはずなのに

子供の失敗は全て自分にかかってきます

無力な自分に腹立たしく、子供に成長してくれ!と強く願います

成功を力に、失敗は次の力に

母も頑張るから、子供達も頑張れ!!

家族の介助

今度からヘルパーさんの介助量が増えて

家族の介助が大幅に減ることになりました

ヘルパーさんが入る事により毎日の生活が安定しますが

実は、少し寂しいのです

家族は疲れて帰って来るのに私にあれこれ頼まれて

たまったもんじゃありません!

イライラ介助も日常茶飯事・・

当然ですね~

でも皆がゆっくりしてる時の介助は又別物!

娘は器用なゆえに何でも丁寧です

手の洗い方、手の拭き方はヘルパーさん並の丁寧さ!

いつも優しさを感じます

歩行の時は私を倒さない様にと緊張が伝わってきます

スピード命の息子は何でも早く済ませようとします

丁寧・安全とは無縁です

歩く時は、上手に歩行を促したいのか、早く歩かせたいのか

「 いち に いち に 」 と声をかけてきます

座る時は 「3 、2、 1、 0 」 とカウントされ、つい慌てて座ってしまいます

夫は又おもしろく

「 本当は歩けるやろ~、歩けない振りやろ~」 と後方から言い続け

私のバランスを取りながら手を離したりします

もう、笑いが止まりません

かなり危険な歩行です

こんな楽しいひと時が減ってしまうのは

寂しいな~

支援の拡大

この2週間支援の見直しで私的にはすごく大変でした

市役所に出す内容以外の事は支援してもらえないので

何度も何度も頭でシュミレーションし

パソコンで作成した取りまとめを何度も書き換え、ようやく煮詰まってきました

重度訪問介護を検討していましたが、それは一度に3時間以上の支援となり

日中、一人でいる事に不自由を感じていますが、不安はなく

又1人の時間も必要なので

私にはまだ必要ないと思いやめました

今回は、介護保険で足りない分を障害支援として市役所に申請しました

私が常日頃考えていた事があります

ALSは全介助を要する様になり

呼吸器を付けたら介護に終わりがありません

介護プランに出来ない介護もたくさんあり家族は文句を言いながらもよく動いてくれます

だから介護プランに出来るプランはヘルパーさんに移行して欲しいとずっと思っていましたが

家族が出来る事は家族で・・と言われるので言い出せませんでした

しかし、私の介助量がだんだん増え、今年はW受験です

唯一、時間通りに帰って来る息子も来年は高校生

夫の仕事も増えていよいよ回らなくなってきました

困っていた私の話を保健師さんが聞いて下さり

ケアマネさんの配慮で、今回大幅に私の介助がヘルパーさんへ移行される事になりました

ヘルパー事業所も1箇所増えて3箇所の利用になります

受けてくれたヘルパーさんと、今まで頑張ってくれた家族に感謝の気持ちでいっぱいです

家族の介助が減るのは寂しいですが

私に振り回されずに生活して欲しい

そして、これからも家族が笑顔でいられます様に・・


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